東京地方裁判所 昭和34年(ワ)2710号 判決 1962年2月24日
判 決
東京都新宿区下落合三丁目千七百九十九番地
昭和三四年(ワ)第二、七一〇号事件原告
同年(ワ)第四、四七八号事件被告
相馬正胤
右訴訟代理人弁護士
徳田敬二郎
中野富次男
同都豊島区池袋二丁目千百八十八番地
昭和三四年(ワ)第二、七一〇号事件被告
同年(ワ)第四、四七八号事件原告
西武産業株式会社
右代表者代表取締役
田中利一
右訴訟代理人弁護士
中島忠三郎
遠藤和夫
丸山一夫
右当事者間の昭和三四年(ワ)第二、七一〇号仮登録抹消登録手続請求事件及び、同年(ワ)第四四七八号商標権移転登録手続請求事件について、当裁判所は、併合審理のうえつぎのとおり判決する。
主文
一、昭和三四年(ワ)第四四七八号事件について
(一) 被告は、西武鉄道株式会社に対し、登録商標第五〇六六六二号商標権の移転登録手続をせよ。
(二) 原告のその余の請求は、棄却する。
二、昭和三四年(ワ)第二、七一〇号事件について、
(一) 被告は、原告に対し、登録商標第五〇六六六二号商標権について、特許庁昭和三十三年十月二十八日受付第一〇六二八号をもつてした商標権移転請求権保全仮登録の抹消登録手続をせよ。
(二) 原告のその余の請求は、棄却する。
三、訴訟費用は、前掲両事件を通じて、これを三分し、その二を昭和三四年(ワ)等二、七一〇号事件原告・同年(ワ)第四四七八号事件被告の負担とし、その一を昭和三四年(ワ)第二、七一〇号事件被告・同年(ワ)第四、四七八号事件原告の負担とする。
事実
第一 昭和三四年(ワ)第四、四七八号事件について
(請求の趣旨)
原告訴訟代理人は、「一 原告が登録商標第五〇六六六二号の商標権者であることを確認する。二 被告は、原告に対し登録商標第五〇六六六二号商標権の移転登録手続をせよ。三 訴訟費用は、被告の負担とする」との判決、並びに、請求の趣旨第二項の予備的請求として、主文一の(一)と同趣旨の判決を求め、請求の原因として、つぎのとおり述べた。
(請求の原因)
一 別紙目録記載の登録商標第五〇六六六二号商標権(以下甲商標権といい、その商標を甲商標という)は、被告がその商標権者として登録されている。
二 しかし、甲商標の商標権者は、原告である。すなわち、西武鉄道株式会社は、昭和三十二年八月十六日、甲商標の登録と同時に、甲商標権者となり、原告は、昭和三十三年二月一日、西武鉄道株式会社から甲商標権の移転を受けた。その経緯はつぎのとおりである。
(一) 被告は、登録商標第二九六九一三号商標権(指定商品旧第四十五類ジャム、アマリリス印、昭和十二年十二月十日登録昭和三十二年十二月十日存続期間の満了により商標権消滅。以下乙商標権といい、その商標を乙商標という)を有し、乙商標を附したジャム製造、販売業を営んでいたが、経営難におちいり、昭和二十四年四月ごろ、西武鉄道株式会社等西武系諸会社の主宰者である堤康次郎に対し、「自己の力ではとうていアマリリス印のジャム製造、販売の事業を復興することができないから、乙商標権、甲商標の図案及ラベル、ジャムの製造技術、得意先のれん等営業に関する一切を、堤康次郎の指定する西武系の会社に譲渡するから、アマリリス印のジャムを再び世に出してもらいたい。原告及びその使用していた技術者数名も、西武系の会社で雇い入れてもらいたい。」旨申し入れた。堤康次郎は、右申し入れを承諾し、細目的取きめについては、石田正為、川島喜晴、市川倉造にまかしたので、同人らは被告と折衝した結果、西武鉄道株式会社が昭和二十四年十月被告から乙商標権を、甲商標の図案及びラベル、ジャム製造技術、のれん等の営業とともに譲り受けた。
(二) 西武鉄道株式会社は、昭和二十四年十月被告及び被告がもと使用していた技術者数名を採用し、会社の一部門として相馬食品加工所を設けて、被告をその所長とし、甲商標及び乙商標を使用してジャムの製造、販売をはじめた。
(三) しかして、被告は、西武鉄道株式会社に対する乙商標権の移転登録手続をしていなかつたので、その連合商標として、昭和三十一年十二月二十四日、甲商標の登録出願をし、被告名義で昭和三十二年八月十六日、その登録をうけた。
(四) しかし、甲商標の商標権者は西武鉄道株式会社である。その理由は、つぎのとおりである。
(1) 西武鉄道株式会社が、昭和二十四年十月被告から乙商標権を営業とともに譲り受けた際当事者間に「被告が乙商標と連合する商標の登録を受けた場合には、登録を停止条件として、その商標権を西武鉄道株式会社に移転する。」旨の合意があつた。被告は、昭和三十二年八月十三日乙商標と連合する商標として、甲商標について登録を受けたのであるから、右合意に基き、西武鉄道株式会社は、登録と同時に甲商標の商標権者となつた。
(2) 旧商標法(大正十年四月三十日法律第九十九号。以下旧法という。)第三条は、商標権者が、基本商標に基いてのみこれと類似する連合商標の登録を求めることができることを規定する(旧法第二条第一項第九号、第十一号参照)。また、旧法第十二条第三項の趣旨とするところによれば、基本商標と連合商標とは、その権利者を同一にすることにより、それが併存を許されている関係にあるのだから、連合商標の権利者と基本商標の権利者とは、常に不可分一体であり、分離は許されないものである。もし、基本商標と連合商標とが各別の主体に帰属したとすると、商品の出所の混同及び商品の誤認を生じ、商取引は混乱し、取引者に多大の迷惑を生ずることとなり、商品の出所を示すことによつて、商取引の円滑と業務上における信用の維持とを図かろうとする商標法制定の本来の目的が失なわれることになる。したがつて、基本商標と連合商標とが、各別の主体に帰属するということは、とうてい許されない。なお連合商標は、基本商標の権利の及ぶ範囲を予め明らかにしたにすぎないものであり、本来基本商標権の効力の及ぶ範囲内に属するものである。
本件において、被告は、乙商標権を西武鉄道株式会社に譲渡しておきながら、たまたま商標権移転登録手続がされていなかつたのを奇貨として、乙商標の連合の商標として甲商標について出願し、登録を受けたものである。このような場合には、旧法第三条及び第十二条第三項等の連合商標制度の趣旨並びに、商標法制定の目的に照らし、甲商標権は、登録と同時に、乙商標の商標権者である西武鉄道株式会社に帰属したものというべきである。
(3) 被告は、昭和二十四年十月から昭和三十二年十一月二十五日まで西武鉄道株式会社相馬食品加工所(以下相馬食品加工所という)の所長として、ジャムの製造、販売に当つていたが、当時西武鉄道株式会社の附帯事業については、西武鉄道株式会社附帯事業準則により鉄道事業と独立して財産管理をしていたので、附帯事業である相馬食品加工所の財産管理はその所長である被告が管理責任者の地位にあつた。乙商標権が被告名義のままで昭和三十二年十二月十日消滅するところから、被告は、乙商標権の管理責任者として、その義務を忠実に履行するため、昭和三十二年八月十六日甲商標について登録出願をした。したがつて、被告は、西武鉄道株式会社のために登録を受けたものであるから、甲商標権は、登録と同時に西武鉄道株式会社に帰属した。
(4) 被告は、西武鉄道株式会社に乙商標権の移転登録手続をする債務をおつていたが、その債務を履行しないうちに乙商標権の存続期間が終了しようとしたので、その登録手続をするまで、善良なる管理者として、権利保全のため甲商標の登録出願をした。したがつて、被告名義に登録されても甲商標権は、登録と同時に西武鉄道株式会社に帰属した。
(5) 乙商標権について、被告が西武鉄道株式会社のために管理する義務がなかつたとしても、甲商標権の登録出願は、西武鉄道株式会社のためにした事務管理行為であり、本人である西武鉄道株式会社の意思に合致するものであるから、被告名義で登録されたとしても、甲商標権は、登録と同時に西武鉄道株式会社に帰属した。
(五) 原告は、昭和三十三年二月一日西武鉄道株式会社から甲商標権を、ジャムの製造、販売の事業とともに譲り受けた。
三 被告は、原告が甲商標の商標権者であることを争つているので、原告が商標権であることの確認を求める。
四 昭和二十四年十月西武鉄道株式会社が被告から乙商標権等の移転を受けた際、西武鉄道株式会社、原告、被告間に、甲商標権の移転登録は、西武鉄道株式会社の登録を省略して、被告から直接に原告に対し移転登録手続をする旨の合意があつた。原告は、右合意に基いて、被告に対し甲商標権の移転登録手続を求める。
五 右合意がなかつたとしても、原告は西武鉄道株式会社に甲商標権の移転登録請求権を有し、また、西武鉄道株式会社は被告に対し甲商標権の移転登録請求権を有するから、原告は、西武鉄道株式会社に対する商標権移転登録請求権を保全するため、同会社に代位して、被告に対し西武鉄道株式会社に甲商標権の移転登録手続を求める。
(被告の主張に対する原告の主張)
原告が甲商標の商標権者として、登録を受けていないことは認める。しかし、甲商標について、昭和三十三年十月二十八日原告のため商標権移転請求権保全の仮登録がされており、原告は、昭和三十四年六月九日被告に対する商標権移転登録手続請求の本件訴を提起した。この場合、右訴訟係属中の昭和三十五年四月一日現行商標法(昭和三十四年法律第百二十七号)が施行されたとしても、原告の商標権及び、原告の被告に対する商標権移転登録請求権が消滅するものではない。
(被告の申立)
被告訴訟代理人は、「原告の請求はいずれも、これを棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、つぎのとおり述べた。
(答弁)
一 原告主張の事実中、被告が乙商標の商標権者であつたこと、被告が西武鉄道株式会社に乙商標権の移転登録手続をしなかつたこと、被告が乙商標の連合商標として、昭和三十一年十二月二十四日甲商標の登録出願をし、被告名義で昭和三十二年八月十六日登録を受けたこと、乙商標権が昭和三十二年十二月十日存続期間の満了により消滅したこと、相馬食品加工所が昭和二十四年十月から乙商標を使用してジャム製造、販売をしたこと、被告は、昭和二十四年十月から昭和三十二年十一月二十五日まで相馬食品加工所の所長であつたこと(ただし、被告は、昭和二十四年十月から昭和二十九年七月までジャム製造についてのみ、責任者であつた)及び、原告は西武系の会社であり、昭和三十三年二月一日西武鉄道株式会社からジャム製造、販売の事業を譲り受けたことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。
原告は、甲商標権者であると主張するが、その旨の登録がないから、商標権者ではない(商標法第三十五条、特許法第九十八条第一項第一号)。また、原告は、西武鉄道株式会社が乙商標権を被告から譲り受けたと主張するが、その旨の登録がないから、商標権移転の効力が生じない(商標法第三十五条、特許法第九十八条第一項第一号)。
二 昭和三十二年八月十六日甲商標権の登録がされたときに、甲商標と乙商標とは、相互に連合の商標となるから、被告が昭和二十四年十月西武鉄道株式会社に対し、乙商標権を移転したとしても、これにより連合の商標の商標権の一のみを移転したことになり、乙商標権の移転行為は無効である。
第二 昭和三四年(ワ)第二、七一〇号事件について
(請求の趣旨)
原告訴訟代理人は、「一 被告は、商品ジャムについて、別紙目録記載の商標を使用してはならない。二 被告は、原告に対し、登録商標第五〇六六六二号商標権について、特許庁昭和三十三年十月二十八日受付第一〇六二八号をもつてした商標権移転請求権保全仮登録の抹消登録手続をせよ。三 訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、つぎのとおり述べた。
(請求の原因)
一 原告は、昭和三十二年八月十六日登録にかかる甲商標の商標権者である。
二 しかるに、被告は、昭和三十三年二月一日から現在に至るまで、商品ジャムについて甲商標をなんらの権限なくして使用し、原告の甲商標権を侵害している。
三 甲商標権について、特許庁昭和三十三年十二月二十八日受附第一〇六二八号をもつて、「被告のため、昭和三十三年十月九日仮登録仮処分命令及び更正決定正本により昭和三十三年二月一日売買契約による商標権移転請求権保全を東京地方裁判所裁判官の嘱託により、これを仮登録する」旨の仮登録がされている。」
しかし、原告は、昭和三十三年二月一日被告はもちろん他の第三者に対しても、甲商標権を譲り渡す旨の約束をしたことはない。したがつて、右仮登録は実体的な権利関係に符合しない。
四 よつて、原告は、被告に対し、甲商標権の侵害の停止、及び仮登録の抹消登録手続を求める。
(被告の主張に対する原告の主張)
西武鉄道株式会社が昭和二十四年十月乙商標を使用してジャムの製造、販売をしたこと、被告は西武系の会社であり、昭和三十三年二月一日西武鉄道株式会社からジャム製造、販売の事業を承継したことは、認めるが、その余の事実は否認する。被告は、甲商標の商標権者であると主張するけれども、その旨の登録がない(商標法第三十五条、特許法第九十八条第一項第一号)、
(被告の申立)
一 被告訴訟代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁等として、つぎのとおり述べた。
(被告の答弁等)
一 甲商標が、昭和三十二年八月十六日原告名義で登録されたこと、被告が昭和三十三年二月一日から現在に至るまで商品ジャムについて、甲商標を使用していること、及び、甲商標権について、原告主張の日時その主張の仮登録がされたことは、認めるが、その余の事実は否認する。
二 被告は、正当な権限に基いて甲商標を使用しているものである。すなわち
(二) 被告は、甲商標の商標権者である。その理由は、昭和三四年(ワ)第四、四七八号事件の請求原因の二記載のとおりである。
(二) 仮りに被告は、甲商標の商標権者でないとしても、原告の許諾に基いて、これを使用している。すなわち、原告は、昭和二十四年四月ごろ西武鉄道株式会社等西武系諸会社の主宰者である堤康次郎に対し、「一切おまかせするから、西武系の会社で甲商標及び乙商標を使用してアマリリ印のジヤムを製造、販売してもらいたい」旨申し入れた。堤康次郎は右申し入れを承諾し、西武鉄道株式会社に昭和二十四年十月から甲商標及び乙商標を使用してジャムの製造、販売をさせた。被告は西武系の会社であり、昭和三十三年二月一日西武鉄道株式会社から、ジャム製造、販売の事業とともに、甲商標を使用する地位を承継した。
(三) 仮りに右(一)、(二)の主張が理由がないとしても被告は、甲商標について、先使用権を有する。西武鉄道株式会社は、甲商標の登録出願日の昭和三十一年十二月十四日の前である昭和二十四年十月から不正競争の目的なくして、商品ジヤムについて、甲商標を使用してジャムを製造、販売していたので、甲商標の登録出願の際、現に甲商標が西武鉄道株式会社の業務にかかる商品を表示するものとして、東京都、埼玉、神奈川、静岡、茨城、長野、滋賀の各県、北海道等の取引者需要者の間に広く認識されていた。
したがつて、西武鉄道株式会社は、甲商標について、先使用権を有するものというべく、被告は、昭和三十三年二月一日西武鉄道株式会社からジャム製造、販売に関する業務とともに、甲商標についての先使用権者たる地位を承継した。
(四) 仮りに以上の主張がいずれも理由がないとしても、甲商標の使用の停止を求める原告の請求は、権利の濫用である。原告は、西武鉄道株式会社に甲商標を譲渡したものであり、登録上原告名義になつているに過ぎない。また、原告は現在甲商標を使用してジャム製造をしていない。被告は西武鉄道株式会社から甲商標権を譲り受けてから、多大の広告宣伝費を支出して、甲商標を今日のように非常に価値あるものにした。したがつて、被告に対し甲商標の使用の停止を求める原告の請求は、権利の濫用として許されないものといわなければならない。
三 原告主張の仮登録が実体的な権利関係に符合していることは昭和三四年(ワ)第四四四七八号事件の請求原因の二記載のとおりである。
第三 証拠関係<省略>
理由
第一 昭和三四年(ワ)第四、四七八号事件について
一 争いのない事実
原告がもと乙商標の商標権者であつたこと、原告が乙商標の連合商標として昭和三十一年十二月二十四日甲商標の登録出願をし、原告名義で昭和三十二年八月十六日その登録を受けたこと、及び乙商標権が昭和三十二年十二月十日存続期間満了により消滅したことは、当事者間に争いがない。
二 乙商標権が、営業とともに移転されたかどうかについて
(証拠)並びに、弁論の全趣旨を総合すると、つぎの事実が認められる。すなわち、原告(相馬正胤)は、約十一年間イギリスでジャム製造方法を研究して昭和七年ごろ帰朝し、そのころ相馬果実製菓研究所をおこし、ジャムの製造を始めたこと、乙商標を附したジャム製品は、相馬のジャム、または、相馬のアマリリスジヤムと呼ばれ、高級ジャムとして国内の取引者及び需要者に知られ、国外にも輸出されるようになつたこと、その後、第二次大戦のため資材の入手が困難となり、昭和十九年にはジャムの製造を中止せざるをえなくなつたこと、原告は昭和二十四年初めごろ関東かんづめ食品株式会社の役員をしていたが、将来に対する望みを失い、一方アマリリス印のジヤムの製造、販売を再開したいという希望を抱いていたこと、たまたま西武鉄道株式会社、旭食糧工業株式会社等西武系諸会社の主宰者堤康次郎を知り、昭和二十四年春同人に対し、「私の従来やつていたジャムの仕事を全部引き受けて、西武で私にジャムの仕事をやらしてもらえないだろうか、堤さんに一切おまかせするから」との趣旨の申し入れをしたところ、堤康次郎から、「私が一切引受けた。すぐジャム製造工場をつくるから、技術者を集めなさい。ジャム製造については、一切原告にまかせるから」と、承諾を得たこと。堤康次郎の命を受けて旭食糧工業株式会社代表取締役市川倉造は、昭和二十四年春、東京都港区麻布桜田町六十三番地にジャム製造工場を建設し、旭食糧工業株式会社ジャム部として発足したこと、原告は、ジャム製造の技術面の責任者となり、相馬果実製菓研究所で使用していた技術者五名ほどを連れてきて、ジャムの製造をはじめたこと、ジャム製品には、乙商標を附して販売したこと、その後、原告が旭食糧工業株式会社代表取締役市川倉造のもとで働くことには、さしさわりがあつたので、堤康次郎は、昭和二十四年十月、西武鉄道株式会社に旭食糧工業株式会社のジャム部を移管し、西武鉄道株式会社の一部門として相馬食品加工所を設け、原告をその所長としたこと、名称を相馬食品加工所としたのは、原告が堤康次郎に対し、「西武食品加工所では名前が売れていないから営業上不利である。戦前から名前の売れている相馬のアマリリスジャムの相馬をとつて、相馬食品加工所としたほうが営業上有利である」と申し入れたことから、相馬食品加工所と名づけられたこと、西武鉄道株式会社は、相馬食品加工所の発足と同時に、原告を西武鉄道株式会社の理事重役待遇の使用人)に任じ、月俸二万円を支給したこと、相馬食品加工所では、ジャム製品に乙商標を附して販売したこと(乙商標使用の点は当事者間に争いがない)相馬食品加工所では、昭和二十四年十月から甲商標が登録された昭和三十二年八月十六日ごろまでの間に、ジャム製品の広告宣伝に約二百数十万円を支出したこと、独立採算制をとつていた相馬食品加工所が昭和二十五年九月ごろから昭和二十九年七月までの間に約三千七百万円の赤字を出したので、原告は所長として営業上の責任を問われ、昭和二十九年七月堤康次郎から西武系のゴルフ場兼務を命ぜられ、相馬食品加工所の所長は名目上のものとなつたこと、原告は、ゴルフ場でも管理上の責任を問われるようなこととなり、昭和三十二年十一月ゴルフ場をやめ、同時に相馬食品加工所からも退職したこと、原告は、昭和二十四年春から昭和三十二年十一月までの間旭食糧工業株式会社または西武鉄道株式会社から乙商標の使用料名義で金銭を受け取つたことがないこと、原告は、旭食糧工業株式会社または相馬食品加工所が営業開始の当初からその製品であるジャムに乙商標を附して販売していたにかかわらず昭和三十三年一月十七日相馬食品加工所に対し乙商標を使用してはならない旨の警告をするまで、旭食糧工業株式会社または相馬食品加工所に対し、乙商標を使用してはならない旨の申し入れをしたことがないこと、原告は昭和二十四年春から、昭和三十六年二月相馬食品株式会社を設立してジャムの製造を始めるまでの間、原告自身で、ジャムの製造、販売をしていなかつたことが、いずれも認められ、(中略)他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上の認定の事実によると、原告は第二次大戦のためアマリリス印のジャム製造、販売の営業を中止して、昭和二十四年春には現実に営業をしていなかつたけれども、営業を再開する意思を有していたこと、原告は昭和二十四年春西武系諸会社の主宰者堤康次郎に対し、原告みずからアマリリス印のジャム製造、販売の営業をはじめることなく、右営業に関する一切を同人の指定する西武系の会社に譲渡し、同会社でジャム製造、販売の営業をはじめることを約したこと、その際、原告は乙商標権を留保する旨の意思表示をしたことがないこと、したがつて、乙商標権は、旧法第十二条第一項にいわゆる営業とともに移転されたこと、堤康次郎の指定により、西武系の旭食糧工業株式会社が昭和二十四年春原告から乙商標権の移転を受け、ジャムの製造、販売を始めたこと、ついで、堤康次郎の指図により西武鉄道株式会社が、昭和二十四年十月旭食糧工業株式会社から乙商標権をジャムの製造、販売の営業とともに移転を受け、商標権者となつたことが明らかである。
原告は、西武鉄道株式会社が乙商標権の移転を受けたとしても、その旨の登録がないから、商標法第三十五条の規定により、商標権移転の効力が生じないと主張するけれども、商標法は、昭和三十五年四月一日から施行され、同法第三十五条の規定は、右施行の日以前の行為には適用されないから、原告の右主張は採用することができない。また、原告は、連合の商標である甲商標と乙商標の各商標権を分離して、乙商標権のみを移転したものであるから、乙商標権の移転行為は無効であると主張するけれども、乙商標権と登録を条件として甲商標の商標権とをあわせて移転したものであることは、つぎに認定するとおりであるから、右主張も採用することができない。
三 甲商標の商標権が西武鉄道株式会社に移転したかどうかについて
西武鉄道株式会社は昭和二十四年十月乙商標の商標権者となつたが、その登録名義は依然原告であつたので、原告は昭和三十一年十二月二十四日乙商標の連合商標として、甲商標の登録出願をし、昭和三十二年八月十六日、その登録を受けたことは、前記のとおりである。
昭和二十四年春、原告がジャムの製造、販売の営業に関する一切を、乙商標権をも含めて、あげて堤康次郎の主宰する西武系の会社のうち、同人の指定した旭食糧工業株式会社に譲渡したこと前記認定のとおりであるから、原告は、その際、右乙商標の連合商標である甲商標の商標権をも、その登録を条件として、同会社に譲渡したものといわざるをえない。けだし、甲商標権は、その性質上、基本商標である乙商標に基いて、その連合商標として登録されたものであり、甲商標は、乙商標の権利者とその権利主体を同一にすることによつて、併存することを許され、かつ、乙商標権により保護される範囲は、甲商標に及ぶものだからである。換言すれば、乙商標が原告からすでに他に譲渡されたにかかわらず、その連合商標である甲商標が、原告の権利として存在するというようなことは、法律的には全く不可能なことであるから、基本商標である乙商標の商標権を譲渡するという意思表示には、当然、あるいは取得することあるべき、連合商標の商標権をも譲渡することをも含むものと認めざるをえない。しかして、西武鉄道株式会社は、昭和二十四年十月旭食糧工業株式会社から乙商標権をジャム製造、販売の営業とともに移転を受けたことは、前記二において判示したとおりであるから、右認定の事実によると、その際西武鉄道株式会社は、旭食糧工業株式会社から、登録を条件として、甲商標の商標権を原告から譲り受けるべき権利の移転を受けたこと、右権利の移転については、原告の事前の承諾があつたものというべく、これを左右するに足りる証拠はない。したがつて、甲商標権は、昭和三十二年八月十六日登録と同時に、原告から西武鉄道株式会社に移転したものといわざるをえない。
四 被告が甲商標権の移転を受けたかどうかについて
被告が西武系の会社であり、昭和三十三年二月一日西武鉄道株式会社からジャム製造、販売の事業を譲り受けたことは当事者間に争いがない。(証拠)によると、被告が昭和三十三年二月一日の譲渡契約により、同日西武鉄道株式会社から甲商標権の移転を受けたことが認められ、他に、右認定を覆すに足りる証拠はない。
五 被告が甲商標権の移転登録請求権を有するかどうかについて
被告は、当事者間に中間省略の登録をする旨の合意があつたと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はないから、右主張は採用することができない。したがつて、被告が原告に対し、甲商標権の移転登録手続を求める主たる請求は、失当というほかはない。
予備的請求についてみるに、被告が昭和三十三年二月一日の譲渡契約により、西武鉄道株式会社から甲商標権の移転を受け、西武鉄道株式会社が昭和三十二年八月十六日原告から甲商標権の移転を受けたものであることは、前認定のとおりであるから、被告は西武鉄道株式会社に対し、西武鉄道株式会社は原告に対し、それぞれ甲商標権移転登録請求権を有するものというべく、したがつて、被告が西武鉄道株式会社に対する商標権移転登録請求権を保全するため、同会社に代位して、原告に対し西武鉄道株式会社に甲商標権の移転登録手続を求める被告の請求は、正当である。
六 甲商標の商標権者であることの確認請求について
被告が昭和三十三年二月一日西武鉄道株式会社から甲商標権の移転を受け、商標権者となつたことは、前認定のとおりである。しかし、昭和三十五年四月一日商標法施行の際、その登録をしていなかつたから、商標法施行法第九条の規定により、甲商標権移転の効力を失い、被告は、その商標権者たる地位を失つたものといわざるをえない(なお、商標法施行法第九条の規定によつても、商標権移転の登録原因となつた実体的な権利移転契約等の効力までも失なわせるものでないことは、いうまでもないから、実体的な権利移転の契約等に基く商標権移転登録請求権は、消滅するものではない)。したがつて、甲商標の商標権者であることの確認を求める被告の請求は、失当である。
第二 昭和三四年(ワ)第二、七一〇号事件について
一 争いのない事実
甲商標権が、昭和三十二年八月十六日原告名義で登録されたこと、被告が昭和三十三年二月一日から現在に至るまで商品ジャムについて、甲商標を使用していることは、当事者間に争いがない。
二 原告が甲商標の商標権者かどうかについて
被告が甲商標の商標権者であつたけれども、その旨の登録をしていなかつたため、商標法施行法第九条の規定により、昭和三十五年四月一日、商標権移転の効力を失い、商標権者である地位を失つたことは、前説示のとおりである。したがつて、甲商標が原告名義で登録されている以上原告は、昭和三十五年四月一日以降甲商標の商標権者である。
三 被告は正当な権限に基いて甲商標を使用しているかどうかについて
(一) 被告は、被告が甲商標の商標権者であると主張するけれども、この主張の採用しがたいことは前説示のとおりである。
(二) しかし、原告が昭和二十四年春、堤康次郎が主宰する西武系の会社である旭食糧工業株式会社に、その登録を条件として、甲商標の商標権を譲渡したこと、西武鉄道株式会社が、原告の事前の承諾をえて、昭和二十四年十月旭食糧工業株式会社から、登録を条件として、甲商標の商標権を譲り受けるべき権利の移転を受けたこと、西武鉄道株式会社が、昭和三十二年八月十六日条件成就により原告から甲商標権の移転を受けたこと、さらに、西武系の会社である被告が、昭和三十三年二月一日西武鉄道株式会社から、甲商標権の移転を受けたことは、前説示のとおりである。これらの事実に、証人(中略)各証言をあわせ考えると、旭食糧工業株式会社が昭和二十四年春原告から、少くとも、甲商標を使用する権限を与えられたこと、西武鉄道株式会社が、昭和二十四年十月旭食糧工業株式会社から、甲商標の使用権限を承継し、さらに、被告が昭和三十三年二月一日西武鉄道株式会社から、甲商標の使用権限を承継したことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。もつとも、被告は、商標法施行の日である昭和三十五年四月一日までに甲商標権移転の登録をしていなかつたため、商標法施行法第九条の規定により、同日をもつて甲商標権移転の効力を失つたことは、前説示のとおりであるが、このことは、被告が前法条の規定により、甲商標の商標権者たる地位を失うに至つたことを意味するにとどまり、被告が、旭食糧工業株式会社が原告から与えられた甲商標を使用する権限を順次承継した事実までを否定し去るものではない。したがつて、被告と原告との関係においては、昭和二十四年春の旭食糧工業株式会社の主宰者堤康次郎と原告との甲商標権譲渡契約に基き、被告は、原告に対し、甲商標を使用する権限を有するものといわなければならない。(なお、昭和二十四年春の譲渡契約が解除その他によつて効力を失つたことについては、なんらの主張も立証もない)。
はたしてしからば、被告は、少くとも原告に対する関係においては、甲商標を使用する正当な権限を有するものということができるから、その使用の差止を求める原告の請求は、進んで被告の他の主張について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。
四 仮登録抹消登録請求について
甲商標権について、特許庁昭和三十三年十二月二十八日受付第一〇六二八号をもつて、「被告のため、昭和三十三年十月九日仮登録仮処分命令及び更正決定正本により昭和三十三年二月一日売買契約により商標権移転請求権保全を東京地方裁判所裁判官の嘱託により、これを仮登録する」旨の仮登録がされていることは当事者間に争いのないところであるが、原告及び被告間にこのような売買契約のあつた事実を認めるに足りる証拠は一つとして存在しないから被告に対し右仮登録の抹消登録手続を求める原告の請求は、正当ということができる。
第三 むすび
以上説示のとおりであるから、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二十九部
裁判長裁判官 三 宅 正 雄
裁判官 田 倉 整
裁判官 竹 田 国 雄
別紙 目録<省略>